セルバンテス著「ドン・キホーテ」と「びいどろ学士」:正気な時を併せ持つ狂気から思うスペイン・バロック文学と我々の時代

「16世紀の半ばは、実は、天動説から地動説、キリスト教世界の分裂、新大陸からの金銀の流入にともなる経済の変動など、それまで人々が予想もしていなかった大変化が相次いで起きた時代である。当然、人々は不安に陥り、新しい指針を求める。そのため、16世紀後半のスペイン文学は、教訓文学、宗教文学、神秘主義の文学で埋まっていると言ってもいい」。

「鋭敏な感覚を持ちながら価値が逆転するような世界に生きることを余儀なくされれば、誰しも狂気ということを頭に浮かべざるを得ないのではなかろうか。世界を見る確固たる足場が得られないまま、捕らえがたく変化する世界に対して本心を吐露しようとするとき、狂気の時を併せ持つ狂人こそ、自己を仮託すべき理想的な人物にもなりうるのである」。

ケベード著「地獄の夢」で悪魔が「人間を滑稽にする3つのものがある。第一は貴族の家柄、第二は体面、第三は勇気だ」と言っているように、覚めた目には「多くの人たちが尊重している価値も単に笑うべきものに過ぎないのである」。

アフターコロナ、地球温暖化、急速なIT技術の浸透、戦争の不安の今、我々は現代のバロック時代を生きているのだろうか。

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澁澤龍彦文学館 「バロックの箱」より 解説 桑名一博氏の文章より一部引用

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